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和歌山地方裁判所田辺支部 昭和52年(ワ)82号 判決

原告

田中清一

被告

高橋登

ほか二名

主文

一  被告らは、各自原告に対し、金二、二七七、五五〇円及び内金二、〇七七、五五〇円に対する昭和四九年一月三〇日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、八分し、その一を被告らの連帯負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決は、原告勝訴の部分にかぎり、仮に執行することができる。

事実

第一申立

一  原告

被告らは、各自原告に対し、一六、五八三、七七八円及び内金一五、九八三、七七八円に対する昭和四九年一月三〇日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言を求める。

二  被告ら

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求める。

第二主張

一  原告(請求原因)

1  本件事故

昭和四九年一月三〇日午後七時四七分頃、田辺市芳養町井原八五一岡部理容店前の国道四二号線で、被告高橋が普通乗用車(以下本件車という。)を運転中、同所を歩行していた原告に衝突し、そのため、原告は、負傷した。

2  責任

(一) 被告高橋

同被告は、本件車を運転中、前方注視を怠つた過失により、本件事故を惹起したものであるから、不法行為責任がある。

(二) 被告森本

同被告は、本件車を所有し、被告明光モータース株式会社(以下被告会社という。)に車のキイをつけたままで預託し、同会社が使用することを許しており、その従業員である被告高橋の使用を黙認していた。本件事故は、被告高橋が使用中に惹起したもので、被告森本は本件車に対する運行の支配及び利益があるから、運行供用者の責任がある。

(三) 被告会社

同被告は、自動車修理業を営み、被告高橋はその従業員であつた。被告会社は、被告森本から本件車の保管の委託を受け、その使用を許諾されていたもので、時々同会社の業務に使用していた。被告高橋は、被告会社の業務終了後、帰宅するために、同会社の工場長の許可を受けて本件車を使用し、帰宅途中に本件事故を起した。

よつて、被告会社は、本件車の運行を支配し、その利益を得ていたものであるから、運行供用者の責任がある。また、被告会社の従業員である被告高橋が、会社から帰宅中に本件車を使用したものであるから、会社の業務にあたり、被告高橋に過失があるから、使用者責任がある。

3  損害 二〇、七四三、七七八円

(一) 療養費

(1) 治療費 三八七、三五〇円

(2) 付添看護費 一四六、〇〇〇円

七三日間付添を受け、一日につき二、〇〇〇円の費用を要した。

(3) 入院雑費 七四、五〇〇円

一四九日入院し、一日につき五〇〇円の雑費を要した。

(二) 得べかりし利益の損失

(1) 休業損害 三、七二八、〇八二円

原告は、船長をしており、本件事故前一、八二六、〇〇〇円の年収があつたところ、本件事故のため、事故当日から昭和五一年二月一六日まで休業し、その間(二四・五箇月)の収入を失つた。

(2) 将来の逸失利益 一三、八〇七、八四六円

原告の本件事故による症状は昭和五〇年一二月二三日固定し、腰部左下腿骨折部痺れ感の後遺症がある。

原告は、六七歳まで働きうるところ、右後遺症は八級に該当し、労働能力を四五パーセント喪失し、今後収入が減少するので、その損害を体件事故時に取得するものとし、中間利息を控除する。

(1,737,500+88,500)×0.45×16.804=13,807,846

(三) 慰藉料 二〇〇万円

原告の入通院の期間、後遺症及び被告らの不誠意を考えれば、原告の苦痛は二〇〇万円をもつて慰藉されるべきである。

(四) 弁護士費用 六〇万円

原告は、法律知識に疎いので、本訴を原告ら訴訟代理人に委任し、報酬として六〇万円を支払うことを約束した。

4  損害の填補

以上の損害は、二〇、七四三、七七八円になるところ、自賠責保険金から四一六万円の填補を受けたので、残額は、一六、五八三、七七八円となる。

5  むすび

よつて、原告は、被告らに対し、連帯して、右損害金一六、五八三、七七八円及び弁護士費用を除く残額にあたる一五、九八三、七七八円に対する本件事故の当日である昭和四九年一月三〇日から完済まで民事法定利率である年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  被告らの認否と主張

(1)  被告高橋

(認否)

請求原因1項は認める。

同2項(一)は認める。

同3項は争う。

同4項は認める。

同5項は争う。

(主張)

原告は、本件事故当時、道路を横断歩行していたものであるが、現場近くに横断歩道があるのに、これを通行しないで、いきなり、横断歩道外を横断し始めたもので、横断歩道外を横断したこと、横断するに際し車の動静に対する注視をしなかつたことの過失があり、右過失は重大である(八〇パーセントに相当する。)。よつて、損害額につき過失相殺されるべきである。

(2)  被告森本

(認否)

請求原因1項は認める。

請求原因、2項(二)のうち、被告森本が本件車を所有し、これを被告会社の保管に委ねたこと、被告会社の従業員である被告高橋が本件車を運転して本件事故を起したことは認めるが、その余の事実は否認する。被告高橋の無断運転である。

請求原因3項は不知

同4項は認める。

同5項は争う。

(3)  被告会社

請求原因1項は不知

同2項(三)のうち、被告会社が自動車修理業を営み、被告高橋がその従業員であつたことは認めるが、その余は否認する。

請求原因3項は不知

同4項は不知

同5項は争う。

三  被告高橋の主張に対する認否

右主張のうち、原告が道路を横断していたことは認めるが、本件事故現場の近くに横断歩道があることは否認し、その余は争う。本件事故は、被告高橋の脇見運転という一方的過失によつて生じたもので、原告にはなんら過失がない。

第三証拠〔略〕

理由

一  本件事故

請求原因1項の事実は、被告高橋、同森本については争いがなく、被告会社については、成立に争いのない甲第九号証の七ないし九、一三、同甲第二号証の一、原告、被告高橋(第一回)各本人尋問の結果によつて認められる。

二  責任

1  被告高橋

同被告は、本件事故につき前方不注視の過失があつたことを認めており、不法行為の責任がある。

2  被告森本

(一)  同被告が本件車を所有し、これを被告会社の保管に委ねたこと、被告高橋が被告会社の従業員であつたことは、原告と被告森本との間で争いがない。

(二)  成立に争いのない甲第九号証の八、一四、証人石津周作の証言(第一、二回の各一部)、被告高橋(第一、二回)、同森本各本人尋問の結果によれば、被告森本は、明光バス株式会社に勤務し、バスの車掌をしていたところ、本件車の置き場所に困り、昭和四八年夏頃から、近くにある被告会社の工場の空地に置いて、同会社の整備主任である石津周作にその保管を頼み、自らも時々本件車を使用していたこと、被告会社は、明光バス株式会社と関連があり、同会社のバスなどの修理、整備事業を営み、石津周作は、工場長と呼ばれ、現場の責任者として、従業員を指揮し、作業計画の遂行に当り、対外接衝もしていたこと、被告森本は、右保管を頼んだとき、「必要なときは使つてくれ。」と言つて、絶えず、本件車にキイを付けたままの状態であつたこと、石津周作、被告高橋ら被告会社の従業員は、本件車を被告会社の用務その他で時々使用しており、その際は、被告森本に連絡しないこともあつたが、本件車の保管料ないし駐車料または使用料について、なんらとり決めはなく、その請求もなく、使用した際に燃料を補充しておく程度であつたこと、被告高橋は、当時一八歳であり、被告会社に自動車整備工として勤務し、日高郡南部川村の自宅から田辺市内の被告会社まで、単車ないしバスもしくは被告会社の車で通勤していたが、本件事故当日は、午後七時過ぎまで残業し、帰宅が遅くなつたところ、被告会社の車が故障していたので、右石津周作から本件車を使用して帰宅することの承諾を得て、本件車で帰途につき、その途中、女友達の古川清美を助手席に同乗させ、本件事故に至つたこと、右使用については被告森本には連絡しておらず、本件車は、本件事故によりフロントガラスが割れ、ボンネツトも傷ついたりしたので、被告会社において、その負担で修理したことがそれぞれ認められ、証人石津周作の証言(第一、二回)のうち、右認定に反する部分は措信し難く、被告森本本人尋問の結果によれば保険金請求のために作成されたものと認められる甲第一五号証の記載も右認定を左右するものではなく、ほかに右認定を左右する証拠はない。

(三)  右認定事実によれば、本件車は、被告森本が被告会社に関連する明光バス株式会社の従業員であつたことに起因して被告会社が被告森本の保管の依頼に応じたものであり、同被告らはともに本件車を使用していたものであるから、本件車は同被告らの共同管理にあつたものと認められる。そして、被告森本は、本件車の使用を事前に包括的に承諾し、被告会社は時々これを使用していたものであつて、本件事故の際は、被告会社の従業員である被告高橋がその業務を終え帰宅するために使用し、被告会社は右使用を承諾していたものであるから、被告高橋の無断運転ではなく、また、女友達を同乗させたことで右帰宅のための運転行為が左右されるものではなく、被告森本は、本件車の運行を支配し、かつ、その利益を得ていたというに妨げなく、本件事故につき、運行供用者としての責任がある。

3  被告会社

前項において説示したとおり、被告会社は、本件車の共同管理者であり、従業員である被告高橋に対し、被告会社の業務を終え帰宅するための便宜として、本件車の使用を許諾したものであるから、本件事故につき運行供用者としての責任がある。

4  連帯責任

被告らは、本件事故によつて原告に生じた損害につき各自賠償する責任があり、右は本件車の運転ないし運行という共同行為によつて生じ、その損害の填補という共同目的を持つから、共同不法行為の場合を類推し、連帯して支払うべきである。

三  損害

1  療養費 五九二、五五〇円

被告会社については原本の存在、成立に争いがなく、その余の被告らについては、原本の存在に争いがなく、原告本人尋問の結果に照らし成立の真正が認められる甲第二、第三号証の各一ないし四、同甲第六号証、成立については右同様の甲第八号証、原告本人尋問の結果によれば、原告は、本件事故によつて、頭部に打撲傷、挫創、脳振とう症、左前脚に打撲傷、腰部に打撲傷、第一腰椎圧迫骨折、左大腿部に打撲傷、挫創、左下腿部に骨折、挫創の傷害を受け、玉置病院に、事故当日の昭和四九年一月三〇日から同年六月二六日までの一四八日間入院し、翌日から同五〇年一二月二三日まで通院したこと、その間、治療費として三八七、三五〇円を要したこと、入院中の七三日間は、原告が歩行困難等のために付添が必要であり、原告の妻が付添をしたこと、右入通院による治療を終つて症状が固定したものの、腰部、左下腿部に痺れ感、疼痛があり、腰椎部に運動障害が残つたが、背柱の前後側方の各屈曲、回旋が相当程度制限されているものとして、強制保険の査定においては後遺障害等級表による八級の認定がなされたことがそれぞれ認められる。

(一)  医療費 三八七、三五〇円

本件事故による相当な損害と認める。

(二)  付添費 一四六、〇〇〇円

妻が付添をした場合、一日につき二、〇〇〇円程度の負担となつたものと考えられ、付添を必要とした七三日間につき、相当な損害と認める。

(三)  入院雑費 五九、二〇〇円

当時、入院雑費として一日につき四〇〇円程度を必要としたことは経験則及び弁論の全趣旨に照らして認められるから、入院一四八日分に当る五九、二〇〇円が相当な損害となる。

2  得べかりし利益の喪失 三、六四五、〇〇〇円

原告本人尋問の結果及びこれによつて成立の真正が認められる甲第七号証、同甲第五、第一二号証(原本の存在については争いがない。)、原本の存在及び成立に争いのない甲第一三、第一四号証及び田辺市役所に対する調査嘱託の結果によれば、原告は、昭和一〇年四月二二日生れであつて、内種の船長及び機関長の免許を有し、海運業を営む実父田中喜一郎のもとで船長として働き、昭和四八年においては、一、七三七、五〇〇円及び航海手当として八八、五〇〇円計一、八二六、〇〇〇円の収入を得ていたが、本件事故のため、事故の翌日から昭和五一年二月一六日まで欠勤し、収入が減少したこと、同月二七、八日頃から乗船勤務に就いているが、前記後遺障害のために不自由をしながら働いていること、給与所得として、市に対し、同四八年一一三万円、同四九年八万円、同五〇年二四万円、同五一年一、五一三、〇〇〇円、同五二年一九五万円を申告していることが認められ、これに反する証拠はない。

右認定事実によると、原告は、所得の申告を過少にしていたものであつて、本件事故によつて収入の減少を来したにも拘らず、少なくとも申告した所得額の収入はあつたものと推定するのが相当である。

そうすると、原告の本件事故による収入の喪失は、昭和四九年一、七四六、〇〇〇円、同五〇年一、五八六、〇〇〇円、同五一年三一三、〇〇〇円、合計三、六四五、〇〇〇円と認められる。

原告は、労働能力を喪失したので、その割合により収入を失う旨主張するが、従来の所得及び所得申告の推移からみて、収入は格段に増加しており、賃金水準の向上を考慮しても、なお、収入の減少はなく、原告本人尋問の結果のうち、右主張にそう部分はたやすく措信できず、右主張は採用できない。

3  慰謝料 二〇〇万円

(一)  本件事故の態様

成立に争いのない甲第九号証の七ないし九、一三、一四、本件事故現場付近を撮影したものであることに争いのない検甲第一ないし第四号証、原告、被告高橋(第一、二回)各本人尋問の結果によれば、本件事故現場は、幅員約一〇メートルの中心線のある乾燥したコンクリート舗装の東西に延びる道路であつて、当時速度の規制はなく、見透しは良いが、非市街地で、南側は堤防であり、北側の人家の明り以外に照明はなく、当時夜でもあつてやや暗かつたこと、本件事故現場から約一五〇メートル東にバス停留所があり、近くが三差路になつており、横断歩道が設けられていたこと、原告は、道路南側の堤防沿いに停めていた軽四輪乗用車に戻ろうとして、本件車の通行にも注意した後道路を北から南へ横断を開始し、その後は車の動静に注意を払うことなく歩行中、中心線を越え南側部分に入り、その部分の中央で本件車と衝突したこと、被告高橋は、普通免許を取得(昭和四九年一月一二日)してから日が浅く、女友達の古川清美を助手席に乗せ、時速約六〇ないし六五キロメートルで西進中、同女との会話に気を奪われ、脇見をしており、同女の叫び声で前方を見たところ、約六メートル先に原告を発見、急ブレーキ踏み、ハンドルを右に切つたが間に合わず、原告を本件車の前部に衝突させて、ボンネツトに跳ねあげ、衝突地点から二六・三メートル進行して停止し、原告は衝突地点から一三メートル先の路面に転落したことが認められ、ほかに右認定を左右するに足る証拠はない。

右事実によると、本件事故は、原告が被告高橋の進行方向からみれば右から左へ横断していたのであるから、発見し易い状態であるのに、同被告は、脇見をしていたため、原告を直前になつてから発見したものであつて、同被告の重大な過失によつて生じたものである。

原告が横断歩道を通行していなかつたことは、その設置の場所との距離、非市街地である付近の状況からみて原告の過失ということはできない。

しかし、歩行者は、道路を横断する場合、車の直前で横断しないように注意すべきであり、横断中も車の進行について警戒を怠つてはならず、特に、交通量の多い国道上で、夜間でもあるから、歩行者の側において十分な注意を必要とするが、原告は、横断開始前に一応の注意をしたものの、その後、車の動静につき特に注意しておらず、横断歩行者として必要な注意に欠ける所があつたものといわねばならない。

(二)  本件事故の示談交渉等

前示甲第三号証の一ないし三、原告、被告高橋(第一回)各本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告は、妻と子供二人の四人家族であり、生活費としては月額一二万円を必要としており、船員保険による給付、妻の内職の収入によつても到底足りないので、親類から借金を重ねていたこと、被告高橋は、原告の見舞には来ていたものの、資力がないので、まとまつた金の支払ができず、同四九年四月以降、一万円、五、〇〇〇円などと小額ずつ数回にわたり見舞金を持参し、また、父の協力もえて、医療費の一部である約二六万円を支払つていること、原告は、橋本某と同道して被告高橋宅を訪れ、船員をしていた同被告の父新吉(六八歳)に対し、本件事故の賠償金の支払を求めたが、その際、同人が親子といつても他人だからどうにでもしてくれといつたことに、橋本が立腹し、下駄を投げつけたため、新吉は、左尺骨々折等の傷害を受け、休業を余儀なくされたことが認められる。

(三)  右本件事故の態様、傷害の部位、程度、入通院による治療の経過、後遺症の程度、事故後の示談交渉、原告の家族、職業、収入等諸般の事情を考慮すると、原告の本件事故による苦痛は、二〇〇万円をもつて慰謝されるものと考える。

4  弁護士費用 二〇万円

原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、被告らが任意の支払に応じないので原告は本件訴訟を原告ら訴訟代理人らに委任し、相当報酬を支払うことを約束したことが認められるが、本件訴訟の難易の程度、請求認容額等によれば、本件事故と相当因果関係を有する弁護士費用は、二〇万円と認める。

四  過失相殺

原告は、横断歩行を開始後本件車の進行に対する注意を怠つていたものといわなければならないが、右過失は重いとはいえず、本件事故は被告高橋の前方不注意という重大な過失によつて生じたものであるから、原告の過失は慰謝料の算定のさいに考慮すれば足り、過失相殺として一率に損害額を減額すべきものではない。

五  結論

被告らは、原告に対し、連帯して本件事故によつて生じた原告の損害を賠償する責任があるところ、以上の損害六、四三七、五五〇円のうち、原告が目認している填補額四一六万円を控除した残額にあたる二、二七七、五五〇円及び右金員のうち弁護士費用を除いた二、〇七七、五五〇円に対する本件事故の日である昭和四九年一月三〇日から完済まで民事法定利率である年五分の割合による遅延損害金の支払義務がある。

よつて、本訴請求は、右の限度で認容し、その余の部分は失当として棄却し、訴訟費用につき民訴法八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 山本博文)

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